師匠のコラム[SMエンターの戦略と行方]

sishou
あくまでも素人の独り言
あくまでも個人的な妄想、意見として…近年のK-POP浸透に貢献してくれたSMエンターを振り返る。

SMエンターテイメントの事柄について書く時に個人的に外せないグループがいる。韓国で女性アイドル第一期生と言われている「S.E.S」の存在だ。005
個人的にも第一期生のグループだと思う。S.E.Sは1998年に日本でレコードデビューし、ゴールデンタイムと言われる時間帯の(カラオケ)バラエティー番組や音楽番組に出演していた。ソテジワアイドルの前例はあったが、SMエンタテーメント初の日本進出グループであるS.E.Sが、何故バラエティー番組やゴールデンタイムと言われる時間の歌番組に出る事ができたのか。今ほど芸能関係の交流が盛んでなかった時代に、しかも前例のない時代にメディアを通じてプロモーション展開出来たのか。S.E.Sの(Wikiによると、結成当初は中国語が堪能なメンバーがいたとなっていることや)日本語が普通に話せるシューがいるメンバー構成などを考えると、一般機に失敗と言われているS.E.Sの日本での活動ではあったけれどSMエンタテーメントはそれなり以上の計画・下準備があったこと、国際的な活動への展望があったであろうことが推測ではあるが伺える。

あくまでも個人的な意見なのだが、一般的に失敗と言われているS.E.Sの日本での活動ではあったが果たして失敗だったのだろうか?

数字が残せなかったことを重視するとそうかもしれないが、S.E.Sという存在感が残ったこと。そのことは事実としてあると思う。その数は多くはないが、S.E.Sの存在感を残すことが出来、ある程度足あと(実績)を残せたということ。これはある意味成功と言っても良い気がする。
SMエンタ的には、S.E.Sが残した足あとが、後の展開への大きな参考になったことは間違いないと思う。その後、2001年にBoAの日本活動を開始し、見事に日本で席を獲得することになる。

日本活動においてS.E.Sは失敗と言われ、BoAは長期にわたり活動を続けている。そこにどんな違いがあるのだろうか?それは誰にもわからないというのが正直なところだろうと思う。売れる売れないなんて予測不可能なことだと。
いくら”ゴリ推し ”しようとあかんもんはあかんわけで。(今後の展開が予測できれば苦労しないという声がとある業界から聞こえてきそうだが…w)

あえて書く必要も無い気もするが、S.E.Sはグループとしての持ち味を韓国のオリジナルのまま持ってきたようなそんな印象がある。根回しや下準備があったとしても、やはり前例が存在しない状態で手探りの中活動だったのではないだろうか?
一方BoAは、活動の拠点を日本へ移し腰を据えた活動で、軌道修正や試行錯誤を繰り返し事もあっただろう。近くて遠い国からやってきたBoAではあったが、それらにとらわれない近い存在の一人の歌手として認知されたこと、その成長過程が観られたことはBoAというキャラクターが重要なポイントだったのはないだろうか。
S.E.Sを踏まえての活動だったにしても、これだけの長期に渡っての日本での活動ができていることは、偶然が重なって良い方向へ転がったというよりほか無いと思う。

002S.E.Sから始まったSMエンタの日本での展開は、S.E.SからBoAへとそのバトンが渡るその時、現在少女時代のスヨンと女優のイ・ヨニの二人を某オーディション番組に出演させたり、世間的に知名度は低いかもしれないが、天上智喜のSundayが日本へ留学して学生時代をすごしている。(Sundayの留学は家庭の方針なのか、SMエンタの方針なのかは定かではないが)後に、某有名歌手夫妻プロデュースの下Sundayもソロで日本デビューしている。

日本で活動することにおいて、日本語を話せることは重要なことは明白だ。S.E.Sには神奈川県出身(Wikiにもそう記載されている)のシューがいる。当然日本での対応のメインは彼女ということになる。ソロでミュージカルに出演したり、コラボしたりと活動したこともあった。普通レベルに日本語を話せるのだから、シューは日本での活動を視野にいれたS.E.Sに取っては適任者であったことは言うまでもない。
一方BoAや東方神起はその活動期間の過程の中で、語学力を上達させていったパターンだったではなかっただろうか。
そしてもうひとつのパターンとして、Sunday・スヨン・J-minのパターンだ。003
先にある計画のために若い間に経験させておく例だ。未来への投資と言って良いだろう。留学や放送活動を先行させることで、人や言葉そして異文化、業界へ触れさせ見せておく。後の本格的な活動時には、彼女たちが色々な面でメインになってくれるというわけだ。スタッフという形ではなく、同じグループ中にそれらを経験したメンバーがいるということは、他のメンバーへの影響力においても重要なことではないだろうか。現に天上智喜が日本での活動中、Sundayは他のメンバーが日本語で話しかけてこないとわざと返事をしなかったという話を聞いたことがある。そうすることで他のメンバーの語学力も上達するということになるわけだ。Sunday→天上智喜・そしてスヨン→少女時代と伝わっていくことになる(たぶんw)。
Sundayやスヨンの例は、SMエンタがかなり早い段階で持っていたアイディアではなかったかと思う。これらのことは昨今、異業種でも行なわれるようになっている。

前例のなかった時代の、その扉を開け、先陣を切ったS.E.S、2002年サッカーワールドカップが行われることを想定内に入れていたかのように、2001年にやってきたBoA。成果という面では明暗を分けたかもしれないが、出来る範囲での入念な下準備の下、早い段階で放送活動などのプロモーション活動を出来たS.E.SとBoAの例。ソロ歌手の全盛期にグループとしての場所を確保し、絶大な人気を獲得することに成功した東方神起。留学・ホームステイを経験しBoAの後にソロ歌手として日本で先行デビューしたSunday。そのSundayが在籍する天上智喜(The Grace)。日本での活動開始時は地道なところから始まった二組のグループ。優れたコーラス・ワークと歌唱力、そしてダンスという共通点を持った二組のグループだと個人的にはそう思っている。
が、しかし、人気という面では両極端な道をたどってしまったわけだが…
SMエンタの層の厚さのようなものを象徴するかのようなグループだと個人的には思う。S.E.SとBoA、そして東方神起と天上智喜(The Grace)、前者たちと後者たちは日本での展開においては両極端な始まり方をしたように見える。
これはSMエンタの真意の程は分かりかねるが、東方神起は某大手事務所への配慮かもしれないが。神話も日本ではあまり大きく展開しなかったのはこのためだろうか。。。(独り言)
神話、S.E.Sと某大手事務所は友好的な関係だったのだから、詮索はしないけれどw SMエンタもいろいろな展開の仕方を模索した結果かもしれない。BoAと東方神起、そして天上智喜(The Grace)は、母国での活動と日本での活動を線引し、徹底した活動方針の下、BoAと東方神起は積極的な活動を続けていることは言うまでもない。

そして・・・
2010年8月25日有明コロシアム。
満を持してあの9人の少女たちが日本へやってくる。その少し前からメディアは報道し、その期待感をより煽った。
0042007年に麦わら帽子を被り白いワンピースを着た9人の少女たちの写真を見たのが個人的な最初の出会いだったような気がする。(正直…なんじゃこりゃと思ったのは内緒であるw と同時に、大丈夫かいな…SMエンタっと思ったのも内緒w)

再び出会ったこの世界、少女時代のMVを繰り返しみてしまった記憶がある。若い少女たち、アイドルというものに戸惑いのようなものを覚えたというのが正直なところだったのだが…。
2007年といえば、Wonder Girls、Black Perl、KARA、そして少女時代がデビューした年だった。いち早くTELL MEをスマッシュヒットさせたWonder Girls。安定感の高い歌唱力を聴かせてくれた新人っぽくない安定感のようなものを持っていたように思うBlack Perl。あどけなさを残しつつ不安定感抜群だった感じすらするのだが、何故かCuteなPOP感が耳に、印象に残ったKARA。ピョンピョンと跳ねるような元気さが目立った少女時代。
人気の面ではKARAと少女時代は地味だったようなのだが、この4組の1stアルバムの中で、KARAと少女時代のアルバムは個人的に今でも聴けるアルバムとして今でも聞いてしまう1枚(2枚)の作品になっている。デビュー当時は大きな人気を博す事ができなかったという話をよく聞く少女時代なのだが、子供たちからリカちゃん人形(バービー人形)のように少女へと変身し「Gee」で大きな転換期を迎える。
S.E.Sから10年後に少女時代がSMエンタからデビュー。(同じく、Fink.Lの後にKARAがDSPからデビュー)アイドル第一期生を送り出した事務所から放たれた”アイドル ”がまたその場所を取り戻した。と同時に、地味な存在だった彼女たちが、後のムーブメントの先頭に立つことになる。そのムーブメントは日本にも波及し、個人のブログなども数多く開設されていった。
そして2010年ついに…その先人を切ったのは4minute、KARA…ソシて、少女時代。

2010年8月25日有明コロシアムに話を戻す。朝からすごく暑い中、10時前には大勢の人々が会場の前にいた。時間経つにつれ、どんどんその人数は増え、公園に人があふれていた。(天上智喜さんの時はどこにいたの?って思ったのは内緒にしないw)
リハーサルの音が公園に漏れてくると、当然その期待感はますます上がっていく。英語、中国語、韓国語、そして当然日本語、いろんな言語が飛び交う会場周辺。しかも会場内は初公演とは思えないものすごい一体感。ピンクのライトが絨毯のように揺れていた。圧巻の光景とはこのことかと言わんばかりの光栄を目の当たりにした。あの9人の少女たちがここまでになるとは思ってもみなかった。(関係者でもないのに何故か熱くなったのはなぜだw)
パソコンの中での光景でしかなかったものが目の前にあった。

S.E.Sの日本活動から10数年、SMエンタ史上、日本での初公演でここまでの公演は初めてと言っても良いだろう。そして10年近い月日が流れ、今度は少女時代のメンバーとしてまた日本での活動を再開することが出来たスヨン。彼女の心中はいかなるものだっただろうか?(もう少し日本語がうまくなってるかと思ったけど げふぉげふぉ)

ネットの世界に増えていたK-POPのファンたち。SNSや増えていた個人ブログなどでやり取りされる情報などをみれば、その熱を帯びた熱さが伝わってきたことだろう。某業界がそれらに気づき、飛びついてブームを煽りムーブメントをより興そうと乗っかってきた。ゴリ推しという名のプロモーションが日々繰り返されていた。
このことについてはいろいろな意見があるだろう…。
厳しい業界の台所事情もあったのかもしれない。しかし、この事情に刺激され両者が切磋琢磨しあって、新たな作品などが生み出されれば良いと思うのだが。
(悲観的なものばかりでは何も始まらない…個人的にそう思うのだが・・・)

2010年から3年、ホールクラスでの2度めのツアーの最中でもある少女時代。
少女時代の日本での活動は、S.E.Sから始まったSMエンタの日本での活動のある種の集大成的なものなのかもしれない。
(H.O.T 、神話)S.E.S、BoA、東方神起、そして天上智喜(The Grace)での活動の展開で繰り返されたであろう試行錯誤。プロモーションの面においても、楽曲の面においてもその試行錯誤の結果をうまく反映してしているのではないだろうか。S.E.S、BoA、東方神起、そして天上智喜(The Grace)の活動する過程の中で、見えてきたものも数多くあっただろうし、業界・人・リスナー(ファン)を見て考察、それらを消化しノウハウとして活かす。そして、また新たなリスナー・ファンを獲得するにはどうするべきかと試行錯誤が繰り返される。
会社的にも活動しやすい環境造りもこの10年という時間の中で整えられてきたであろうことも推測できる。もしかすると、少女時代というグループの構想や、コンセプト、及びメンバー選び、そしてタイミング。その全てがそこに至るまでの時間や経験・経緯の中で培われたノウハウを活かすことで生まれたのかもしれない。(あくまでも個人的な素人の見解・意見)

すなくとも、少女時代やKARAは”ぽっと出 ”でもなんでもなく、練り上げられた構想の中から出てきた…と言っても過言ではないのではないだろうかと思う。
S.E.Sの日本活動開始から(2010年時点で)13年(?!)、15年近い時間があった上で、少女時代やKARAなどのグループにやっとたどり着いたのだから…。

登ってしまうと、次は下りがやってくる。
ここからの展開がどうなるのか、ここからがまた正念場かもしれない。
SMエンタにはまだf(x)がいる。
無理はしないかもしれないが、これからも出てくるであろう人材をどう活かすのか?時間をかけてたどり着いた今から、この後の時間へとどのように繋がってゆくのか?それらを見ているのも面白いかもしれない。

(投稿:難波のK-POP師匠)

SMエンターの ベストアルバム SM Best Album 3


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